5

L'Oiseau bleu





こんな夢を見た。

賢者の石の錬成に成功した術者がいると聞いて、訪れた実験室でオレを迎えたのは幼馴染の少女だった。

「あら、遅かったわね。できてるわよ、賢者の石」
「お、おう。サンキュ」

今日の夕飯はクリームシチューよと言うときとまったく同じ軽さで、彼女は何かの機械をいじる手を止めずに言った。目線だけでテーブルの上に置かれたものを示し、すぐまた歯車と発条の集合体に向き直る。

「勝手に開けるぞ」
「どーぞー」

オレは、ダイニングテーブルに歩み寄り、その上に置かれたものと対峙する。
それは見慣れた赤い琺瑯鍋だった。ポタージュスープやクリームシチューを作る時、彼女がいつも使っている大きな両手鍋だ。蓋は閉じられている。

「おい、この鍋か」
「そうそれ。手が離せないから、勝手にやっててよ」
「おう」

オレは鍋の蓋を、義肢の右手で持ち上げる。
硬い物同士のぶつかる鋭い音がして、この音とも今度こそお別れだと気が逸り、オレは取った蓋を床に落として割ってしまった。

「わ、ごめん」
「まったくもう、ちゃんと片付けといてよね」

口ぶりほど怒った様子でないのは、やはり、旅暮らしの幼馴染を待ち続ける生活も終わりだという喜びからだろうか。早く、何もかも終わらせて彼女の元へ帰ってやらなければ。

オレは割れた蓋の始末は後回しに、赤い鍋の中を覗きこんだ。

見れば、大きな鍋の底には、新聞紙がたっぷりと敷き詰められていた。全ての単語が途中で途切れて読めないくらい、ものすごく細かく千切ってある。

そして、その新聞紙のベッドの上に、一羽の小鳥がちょこんと座っていた。
目が合って、小鳥はチュン、と雀のような声で啼いたが、見た目は鶺鴒に近い。

羽は、目の覚めるような青だった。
青い薔薇と聞いて人が思い浮かべるのは、きっとこんな青だろう。

「へえ、賢者の石は青だったのか」
「赤い石ばっかり探してるから、いつまでも見つけられないのよ」
「そうだな、ごめんごめん」

謝りながらも、ついに手に入れた賢者の石に顔がほころぶ。
そっと右手を差し出せば、青い鳥は人差し指にちょこんと乗った。
とたんに、金属製の指は、鳥が触れたところからあっという間に生身に変わる。
驚いてあちこち動かしていると、気付いたときには、腕全体に血が通っていた。

「おお、治った治った」
「そう、よかったじゃない」

次は脚だ、と思って、青い鳥を左脚にとまらせると、そこはすでに温かかった。

「すげえ。なあ、アルはどうしたんだ?」
「アルなら奥で待ってるわよ」

幼馴染の呆れたような口調に、オレは弟が一足先に生身の体を取り戻していたことを思い出した。

「そうか。なあ、オレちょっと出てくる。みんなに挨拶してくるよ」

床に置いてあったトランクを持ち上げ、オレは彼女の横顔にそう声をかけた。
また機械をいじりながら、いってらっしゃい、と言われるのだと思いきや、彼女は螺旋回しもスパナも何もかも放り出して立ち上がり、オレのほうに向きなおった。

「だめよ、アルが待ってるのよ」
「いや、でも、世話になったし。ちょっとだからさ」
「だめだってば!」

止める彼女の必死な声に、オレはどういうわけかどうしても出かけなければならない思いを強くして、ドアの方に駆け出した。生身の足は軽やかで、弾むように走れる。

「待ちなさいよ!」

後ろからとんできたスパナを避け、右手でドアノブに手をかける。
真鍮の冷たい感触さえ、右手には随分と久しぶりだ。

「ごめん、すぐに戻るから!」

喜びのままに勢いよくドアを開き、オレは彼女の部屋を飛び出す。
とりあえず司令部に行こうか、それとも――。
会いたい人の顔を思い描き、丘を下って駆けだした。

青い空、みどりの草原、遠くにはリゼンブール駅が見える。
さらにその遠く、線路の向こうからは、汽車が黒煙を上げて走ってくる。
あれだ、あれに乗って行こう。胸を弾ませて、軽い身体を跳ねさせた時だった。

急に、がくんと左脚が重くなる。追いかけるように、右腕も。
オレは脚の重量に引きずられてあっさりと転んだ。地べたに倒れこんだ身体が、がしゃんと音を立てるのが聞こえた。とっさについた右手は、掴んだはずの土の感触を伝えない。

「うそだろ」と呟いたオレの青ざめた唇から、さっきの青い鳥が転がり落ちた。

慌てて掬い上げると、鋼の掌の上で、鶺鴒に似た鳥は苦痛にあえぐように身じろぎし、チュン、と一声啼いたかと思うと、砂の城のように崩れていく。
鈍色の指の間から、目の覚めるような美しい青があとからあとから零れてゆき、オレは今や、青い水たまりに沈みかけている。

「だから、だめだって言ったのに」

追いかけてきた幼馴染の疲れた声が、背ろから、壊れた玩具のように投げ出された。