#1 ドロシーと赤いトランク
ドロシーは眠っていました。ことこと揺れる汽車のなかで。
二両編成の小さな汽車は、ばら園を抜け、青い丘を越えて、鏡の塔のわきを通り過ぎようとしていましたが、ドロシーの肩をゆさぶって起こしてくれる人はここにはいません。
鏡の塔のてっぺんに住む女王さまにごあいさつに行くはずだったドロシーは、いまのところ、夢のなかで穴の底に住むうさぎさんに錬金術を教わっていました。
そのうさぎさんは大変名高い科学者であり、魔術師であり、哲学者であるのですが、夢なので本当にはいないのかもしれません。
うさぎさんはまるいしっぽのようにふんわりした声で言います。
すると、うさぎさんの白い毛並みが床のチェス盤もようといっしょにくるりとめくれあがって、一面真っ赤なばら色に染まってしまいました。