#4 コースターと刺繍糸
ドロシーは目をまるくして見とれていましたので、何を注文するかちっとも考えていませんでした。あわてて白磁のメニュー表を手にとって、お菓子と飲み物をひとつずつ頼むことに決めたドロシーは、きみょうな名まえや場違いなシンプルさで異彩を放つ名まえが入り乱れたメニュー表のなかから、やっと二つを選びました。
「じゃあ、熱い乳とタートをくださいな。」
「はい、お一つずつでよろしいですね。かしこまりました。」
給仕さんのお決まりのせりふは、《黒猫屋》でも同じでしたが、それはなんだかふしぎな音色でした。まるで猫のてのひらのような、羊のおなかのような、あるいはうさぎのしっぽのような。
そうだ、夢の中のうさぎさんの声に似ているわ。
ドロシーはそう思って、なぜかテーブルを離れずにエプロンのポケットをいじっているキティに訊いてみました。
「あなた、キティはもしかして、錬金術師のうさぎさんですか?」
ドロシーは、どう見たって人間の女の子であるキティに、「うさぎさんですか?」なんて訊いてしまってとても恥ずかしくなりましたが、キティはドロシーがおかしなことを言ったとは考えていないようでした。
「白いしっぽのうさぎさんなら、わたしに夢の見方を教えてくださった方ですわ。だからわたしにも、白いしっぽがついているかもしれません。」
「わたし、うさぎさんには夢の中で会ったのよ。アゾートの作り方を教えてくださって、ページをめくるのも手伝ってくださったわ。」
ドロシーはキティもうさぎさんを知っていることがうれしくて、熱っぽい口調で言いました。
「うさぎさんが教えてくれたから、わたしはアゾートをたくさん作って持っているのね!」
言いながら、そういうことだったのか、とドロシーは気付くのでした。そこで自分が名まえを言っていなかったことを思い出しました。
「わたしはドロシーと言うの。キティ、どうぞよろしくね。」
「はい、こちらこそ。ドロシーさんに会えてうれしいわ。」
キティは《黒猫屋の給仕さん》からひとコマ進んで、《銀色の可愛いお友だち》の顔でわらいました。そして、ふと思いついたように、エプロンのポケットではなく、花もようのシフォンスカートのポケットに手をのばして、ごそごそとなにかを探し始めました。今度はなにを出すのかしら、とドロシーがわくわくして見守っていますと、キティは奇術師のような手つきで、何かをかたく握っている手をポケットからサッと出し、パッとてのひらを開けました。
「ドロシーさんの好きな花があるといいのだけど。」
手のうえには、菜の花と、なでしこと、ぼたんの花がふわふわと浮いていました。その三つはドロシーが一等好きな花だったので(三つとも大好きで一つには決められないのです)、歓声をあげて手を叩きました。
「すてき!わたし菜の花もなでしこもぼたんも大好きよ!」
ぱちぱち拍手していると、音にあわせて三つの花は、ぱちぱちしゅるしゅる、色とりどりの刺繍糸になって、キティがいつのまにかポケットから取り出していた木綿のコースターに吸いこまれ、それぞれお花の刺繍になりました。ドロシーが拍手も忘れて見入っていますと、
「これだけじゃさみしいかしら?」
キティはひとりごとを言って髪に巻いていた紺色のリボンをはずして、円テーブルの上にあった黒砂糖といっしょに、コースターでくるみました。
するとまたぱちぱちしゅるしゅると音がして、キティがテーブルの上にコースターを置いたときには、紺のリボンと黒砂糖は、紺と茶の刺繍糸になっていました。
「わたし刺繍は得意ではないから、かんたんなステッチばかりでごめんなさいね。」
キティが申し訳なさそうに言ったとたん、刺繍糸はちくちくと、ふち飾りや花壇の土の色の役をして、三つの花のお庭のコースターができあがりました。
「なんてふしぎでかわいいのかしら。ねえキティ、とってもすてきよ。」
ドロシーが夢中でそう言うと、キティは心底安心したかおでほほえんで、唄うように言いました。
「ありがとう。よかったらお持ち帰りくださいな。コースターってすばらしいのよ。紅茶の海に飛びこむか、乳の川辺を散歩するか、それともコーヒー沼を覗こうか、迷って決められないときでも、コースターのお庭からどこへだっていけるのですもの。」
キティはエプロンから硝子のフォークを取り出して円テーブルに置き、お辞儀をします。
「乳とタートをお持ちします。少々お待ちください。」
それはやっぱり、
うさぎさんの白いふわふわのような声なのでした。